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2007年10月22日 (月)

スカーフ売りの少女

ども☆キヨです♪今日はちょっとマジメに書いちゃいます!

9月にカンボジアへ行ってきました☆

今日は印象に残った出来事をひとつ(^_^)

忘れられない。

あの子の目が。訴えるような目が。

未だに私はどうしたら良かったのか、分からない。

都市から離れたコンポントムという村にあるサンボー遺跡。

私たちはそこを訪れ、日本人の遺跡調査をしている方にガイドを受けながら、遺跡内を見て周る予定だった。

私達のバスが着いた途端、30人くらいはいただろうか、子ども達がわっと集まってきた。

みんな無邪気な笑顔で歓迎してくれている、ように思えた。

バスの窓越しに、一人の男の子と目が合った。にこっと笑う姿がすごくかわいくてかわいくて。私は手を振った。

すると、彼はすっと左腕を出す。彼が持っているのは数枚のスカーフだった。

彼・彼女らはみんな、ここで観光客へスカーフを売っているのだ。小さい子はおそらく4歳くらい、大きい子は13歳くらいまでいた。

子ども達は私達が遺跡巡りをしている最中、ずっと側から離れずついてくる。特に押し売りするわけではなく、外国人が物珍しく、興味があるようだった。

分担されたかのように、私達日本人1人につき2~3人が仲良くついてくる。

私についてきた1人の少女は推定12歳。英語で遺跡内のガイドをしてくれた。

彼・彼女らは、ガイドに関する英語は流暢だった。でもよく聞くとみんな同じ内容を言っている。そしてこちらから英語で質問すると、うまく答えられない様だった。ガイドの英語だけはみんなで必死に覚えたのだろうか?

最後にみんなで写真を撮った。大きな木の下で、日本人とたくさんのカンボジアの子ども達。写真をデジカメの液晶で見ようと、子ども達がカメラに群がる。私はずっとついてガイドをしてくれた少女と写真を撮ってもらった。みつあみのきれいな顔立ちをした少女は、恥ずかしそうに笑った。

遺跡巡りが終わり、バスでホテルへ帰る時刻となった。「じゃぁ、もう行かなきゃ」

その瞬間。子ども達は「スカーフ!1ダラー、1ダラー(ドル)」と必死に私たちにスカーフを持った腕を差し出した。

きれいなスカーフで1ドルならそれほど高くない。お土産に買おうとも思ったが、こんなにたくさんスカーフ売りの子どもがいると、どれを選んで良いのか分からない。

結局、買わずにバスへ乗り込んだ。窓の向こうでまだ諦めずにたくさんの子どもが叫び続けている。「スカーフ、1ダラー、1ダラー」

あの子。私についていたみつあみのあの少女は、もう私は買う気のないことが分かると、ふいっと後ろを向いて、走り去った。

バスが出発する。

あの子がバスの行く前を走っていた。

バスに追い抜かされぬよう、一生懸命、走っていた。

ごめんね。

バスが一度誰かが乗り込むために止まった。

そのとき、少女は私の席の窓の外に立っていた。「お願い!買って!」とでも言うようにスカーフを差し出した。

私は正直、少女の顔を直視できなかった。

彼女は怒っていた気がする。「何しに来たんだよ、外国人」とでも言うような。

そんな気がしてならなかった。

「大勢いすぎて、選べないよね」「1人のを買ったら、また他の子が来てきりがないし」

日本人のみんなが言っていた。

「あら、でもみんな買っても30人程だったから、300ドルくらいでしょ。買えなくはないじゃない」

とツアー引率の方が言った。

確かにそうだった。

私達は、ただ現実を直視しようとしなかっただけなのかもしれない。

あの子の最後の目が忘れられない。あの時、少女と撮った写真。彼女はどんな気持ちで観光客のカメラに写ったんだろう。

未だにどうしたらいいのかは分からないけど…、

次にあった時には、

私はスカーフを買いたい。

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コメント

突然、すいません。

それはスカーフが欲しくて買うんですか?
それとも子どもがかわいそうだから買うんですか?
はたまた子どもがかわいいから買うんですか?

確かに経済的に貧しい子どもが本当に苦しいからスカーフを買って欲しいのに、買ってあげられないのって辛いし、胸が痛いですよね。

じゃあ、もしスカーフを買っていたら?

子どもは喜んで帰って行ったかもしれませんね。

そしたら、キヨさんもうれしいですか?


でも、それって問題の解決にはなりませんよね?

自分の胸の苦しみは消えるけど、その子どもは良くて1ドルで少しご飯を食べれるくらい。悪いと父親とか母親の酒、タバコ代になるんですよね。

それは物乞いの子どもが手を出して、何もしてあげられないのと同じ感覚だと思います。胸が痛いですよね。

でも、物乞いに1ドルあげたら問題は解決すると思いますか?

最悪ドラッグを買う可能性すらありますよね?

ご飯買って「おいしい」って食べてくれたらうれしいですけどね☆

そしたら、またお腹が空いて物乞いすることになるかもしれませんよね。


スカーフ売りの子どもも同じだと思いませんか?

きっと、スカーフ売らなくて生きていけるのであればスカーフ売るより、遊びたいし、学校も行きたいのが子どものさがだと思います。

じゃあ、もし大人のおじさんがスカーフを売っていたら?


おそらく売り上げは子どもが売ってるときよりも下がるんじゃないですかね。

キヨさんはどうかはわかりませんが、多くの観光客は大人が売っているより、子どもが売っていた方がかわいそうに思えて、その「かわいそう」という同情心からより多くの人がスカーフを買うんだと思います。

経済的に貧しいインドの家庭では親が子どもの手足を切断するそうです。

なぜなら、そっちの方がかわいそうに見えるから。

物乞いをしたとき多くの人がお金をくれるからだそうです。

物乞いはあげる人がいるから、物乞いをするんだと思いませんか?

スカーフだって本当に欲しくて買うなら良いですけど、子どもが売ってるから買うと。大人は「じゃあ、もっと子どもに売らせよう。」って思うんじゃないかな?と思います。

やっぱり「かわいそう」っていう同情心からの支援は良いものを生まないと思います。

これは「国際協力」の分野だと思うんですけど、国際協力って日本人が途上国の人に協力するんじゃなくて、日本人と途上国の人が協力するものだと思うんです。

だって、すごいじゃないですか?4歳の子どもが生活のためにスカーフを売ってるとしたら、すごいバイタリティーですよ。生きようとする力っていうか、生きる力っていうか。

その力をスカーフを売ることにじゃなくて、何か違うことに注げたらいいですよね。そこを一緒に考えて、一緒に協力するのが国際協力だとわたしは思うんです。

目の前の子どもに何もできないのはわたしもつらいですけど、でもそれだけわたしが力不足なんですよね。

だから、わたしはもっと勉強して、力つけて今まで出会った子どもたちのためになにかしたい!って思ってます。

すいません。長々と書いてしまって。

コメントありがとうございます!!嬉しいですっ♪

私が彼女と会ったのは、友人へのお土産を探していた時でした。
私はあまり観光土産が好きではなく、「何にしようかなー」と迷っていたところでした。
そこで子どもにスカーフを差し出され、単純にほしいな、と感じたのです。色も鮮やかでステキでした。

しかし、私には「彼らから買ってはいけない」という意識があったのだと思います。

その理由は、彼らが「子ども」だからです。
彼らの貧困の背景に様々な問題(例えば、通りすがりさんが言ってくれたドラッグや、親の趣向品になる…などもですよね☆)が存在すると、授業で聞いていたからです。
また、私は彼らを見た瞬間から、彼らは貧困なんだと決め付けていたからです。

彼らを外国人に者をねだる物乞いと同じ様に見ていたからかもしれません。

しかし私は、彼らは物乞いとは違うと思ったのです。

「すごい生きるバイタリティ」とおっしゃっていましたよね。私もそう感じます。
物乞いの生きる手段は、自分をかわいそうに見せて、誰かに頼ることでしょう。けれど、彼らは自分で「スカーフを売る」という手段で生きようとしているのだと思います。
問題はその収入がどのように使われるか分からない、といったことですよね。
私は、結局、市場にあるフェアトレードを扱っているお店と、普通にカンボジア人が経営しているお店でお土産を購入しました。
フェアトレードのお店は、その収入先が明確であり(そこはNGOが運営するストリートチルドレンの施設でした)「その人たちの役に立てるのならば…」と安心して買うことができます。しかし、普通のお店であっても、カンボジアでは、経営者はその日の収入を頼りに暮らしています。物を買うこと自体を見れば、結果彼らが収入を得て生活できる、つまり誰かの役に立つことには変わらないのではないか、と思うのです。スカーフ売りの子ども達も同じだと思います。
ただ、さっきも言ったように、収入が誰にどのように使われるか分からない。だから「買ってはいけない」と躊躇したのです。もし、彼らが生きていくために売っているのに、そういった信頼性が確保できないために買ってもらえないのならば、辛いですよね。
だから彼らが信頼性を持てる様に、または、他にもっと適した生きる手段を持てる様に、彼らの選択肢を広げていくことが、「国際協力」では可能だと私は信じています。

>国際協力は、日本人が途上国の人に協力するんじゃなくて、日本人と途上国の人が協力するもの
そうですよね!すごく共感しました!いい言葉ですね☆☆
私は今、参加型開発に興味があり、NGOでインターンしながら勉強しています。専門家や外国人が決めて進める援助ではなく、途上国の人々とパートナーシップを結び、彼らの意見を尊重して、共に歩んでいくことが国際協力には必要だと思います。そうでなければ、現地に本当に適した発展は望めません。
まだまだ私も力不足です。目の前にいる人々に何をしてあげられることもできませんし、したところで根本的には解決できないと痛感しました。
私がカンボジアにいる時、路上でシンナーを吸っている少年を見ました。ツアーの引率者と大学の先輩は、彼と話をし、シンナーの代わりにご飯を買って、彼にあげました。この行為は、良かったのか悪かったのか分かりません。「少年は、シンナーを吸っていればご飯がもらえると勘違いするかもしれない」、私たちにそう教えてくれたのは、ご飯を買ってきた引率者の方でした。彼女は、私たちに現実を見せたのかもしれません。私たちは、カンボジアでたくさんのNGOやスラム、ゴミ山などを訪問し、現実を見せていただきました。「見てきた限りは義務が生じる」と他のメンバーが言っていた様に、私たちは、これから彼らに還元していかなくてはならないと思います。例えば、見てきた現状を伝えるイベントで問題意識をみんなに持ってもらったり、自分自身が役に立てる人間になるよう勉強したり。
シンナーを吸っていた少年、彼と少しの間、指差し会話帳や彼のラジオなどを使って遊びました。そのとき見せた彼の笑顔は、今までかたくなに強張っていた表情から、無邪気な子どもに返る一時でした。
彼自身がどうなのかは分からないけど、多くの子どもは、物ではなく、愛に飢えているのかもしれませんね。

世界には1人ではどうにもできない現状がたくさんあると思います。
でも私の日記に指摘をしてくれるほど、意識の高い方がいて、問題意識を持った方はきっとたくさんいるんですよね。目指す分野や考え方が違ったとしても、「この地球を良くしたい」という願いはきっと同じなんだと思います。だから、そういった方々とも、お互いの意見を言い合ったり、吸収して、共に歩んでいきたいなぁと感じます。

コメントほんとにありがとうございました☆また何かあったら、コメントしてくださいね♪

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