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Life Story~あなたと世界を繋ぐ~

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    2007年12月20日に行なわれた世界の現状を伝えるワークショップLife Story~あなたと世界を繋ぐ~ 本番の様子です♪

チャリチャリ2nd~good join, good joy~

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    2007年6月16日に横浜市後援の下、チャリチャリ第2弾を行いました!!

チャリチャリ3rd~大hard, 大heart~

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    2007年9月16日に行ったチャリチャリ3rdの写真です。啓発活動中の写真が載せられなかったのは、人数が少なかったため、はりきって第一線で活動しちゃったからです(笑)

チャリチャリ1st

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    2007年3月29日、30日に行われた Peace Smile 主催「チャリチャリ」 川崎からスタートし、2日間を通して神奈川県でAIDS/HIV予防啓発活動を行いました。

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2007年10月27日 (土)

アフリカ旅行編~その②~

「おっぱい丸出し!!!?」

…あぁすみません!いきなりこれじゃあビックリですよね。

自分の中では一応、「前回日記の続き」というコンセプトを持って書き始めていたもんでこんなことになってしまいました。

どうしよう…検索エンジンを通じて健全な青少年達が「何か」を求めてこのブログに来ちゃったら(><)

でも、うちらは青少年を巻き込んで活動していっているわけだからある意味これも啓発活動のきっかけ作りに寄与しているのでは!?

なんてくだらない自問自答はもうやめますね(笑)

ちなみに、前回の日記はどのような感じで終わったかというと、僕がアフリカのベナンという国に到着し、村へ向かっている最中に何かを見つけてびっくりしたと、そういう描写で終わりました。

そうなんです、上半身裸の方がいらしたんです、しかもかなりの人数!!

みなさんもおそらく秘境旅行系の番組やウルルンで一度は見たことがあるでしょう。そのぐらい「村」なんです。

かつて、東南アジアの村にも行ったことがありましたが、衣服に関しては伝統的な衣装を身にまとっていたので、大きな違いは感じませんでした。

そこでは「違う」というか、「別なんだ」っていう認識をしていたです。

アイスか果物かではなく、ストロベリー味かチョコレート味かみたいなね。

でも、この村では違うんだぁって思いましたね。この村では女性のおっぱいは「赤ちゃんに乳を与えるための道具」という位置付けであるため、隠さないことは特に恥ずかしいものではないそうです。

日本との文化の違いが色濃い部分だったので、この日記を読んでいるみなさんが、「村」というものを想像するための手助けになると思い、この表現を用いることにしました。不快な思いをされた方、すみませんでした。

衣食住…やはり、文化が違うと全然違うんですね。

文化の違いと言えば、他にも多々ありました。

顕著だったのが「お葬式」。

その村でのお葬式というのは、私達から見ればお祭りに近いものだと思います。

村の人々は、村の誰かが亡くなるとしばらくの間は仕事をせずに、みんなで死者を送るそうです。

送ると言っても、「南無妙法蓮華経…」という感じではなく、ドンチャン騒ぎですね。飲んで食べて踊って歌って…それを何日か続けるそうです。

ちょうど私達が村を訪問したときもすごい楽しそうな音がしたので、何かなぁと思ったら「人が死んだ」と。

んっ!?みたいな(笑)

ホント、色々な文化があるんだなぁと思いました。

でも、大事なことがあって、それは文化に優劣はないということ。

日本は確かに物質的には豊かかもしれないけれど、心の貧しさは他の国へ行けば容易に感じることが出来ます。

また、政治的にも環境や医療福祉に対しての諸制度や対策は、他の先進国に比べ、10年ほど遅れているという事実もあります。

人間でいう個性が、国では文化っていう大きな枠組みで捉えられてるだけで、本質は変わらない気がします。だから、絶対に差別はしちゃいけない。

村にいる子ども達は、読み書きが出来ません。

でも、背中には赤ん坊をくくりつけ、うまくあやしています…最近、私の周りでよく見かける、ものすごい罵声をあげながら子どもを叱っている親よりもずっと。

先進国・資本主義社会という基準で考えるならば、子どもは子育てを手伝うのではなくて学校に行かなければならないのかもしれません。

でも、家族の繋がりも、やはり重要なことだと思います。

物事を、一面からしか見ないことはとても怖いことです。

だから、これからも色々なことを見たいなぁと思うし、みなさんも是非色々な国に訪れることをおススメします(^^)

最後らへんはもう、まとまらないで感情のままに書いてしまった(笑)ごめんなさ~い。

2007年10月22日 (月)

スカーフ売りの少女

ども☆キヨです♪今日はちょっとマジメに書いちゃいます!

9月にカンボジアへ行ってきました☆

今日は印象に残った出来事をひとつ(^_^)

忘れられない。

あの子の目が。訴えるような目が。

未だに私はどうしたら良かったのか、分からない。

都市から離れたコンポントムという村にあるサンボー遺跡。

私たちはそこを訪れ、日本人の遺跡調査をしている方にガイドを受けながら、遺跡内を見て周る予定だった。

私達のバスが着いた途端、30人くらいはいただろうか、子ども達がわっと集まってきた。

みんな無邪気な笑顔で歓迎してくれている、ように思えた。

バスの窓越しに、一人の男の子と目が合った。にこっと笑う姿がすごくかわいくてかわいくて。私は手を振った。

すると、彼はすっと左腕を出す。彼が持っているのは数枚のスカーフだった。

彼・彼女らはみんな、ここで観光客へスカーフを売っているのだ。小さい子はおそらく4歳くらい、大きい子は13歳くらいまでいた。

子ども達は私達が遺跡巡りをしている最中、ずっと側から離れずついてくる。特に押し売りするわけではなく、外国人が物珍しく、興味があるようだった。

分担されたかのように、私達日本人1人につき2~3人が仲良くついてくる。

私についてきた1人の少女は推定12歳。英語で遺跡内のガイドをしてくれた。

彼・彼女らは、ガイドに関する英語は流暢だった。でもよく聞くとみんな同じ内容を言っている。そしてこちらから英語で質問すると、うまく答えられない様だった。ガイドの英語だけはみんなで必死に覚えたのだろうか?

最後にみんなで写真を撮った。大きな木の下で、日本人とたくさんのカンボジアの子ども達。写真をデジカメの液晶で見ようと、子ども達がカメラに群がる。私はずっとついてガイドをしてくれた少女と写真を撮ってもらった。みつあみのきれいな顔立ちをした少女は、恥ずかしそうに笑った。

遺跡巡りが終わり、バスでホテルへ帰る時刻となった。「じゃぁ、もう行かなきゃ」

その瞬間。子ども達は「スカーフ!1ダラー、1ダラー(ドル)」と必死に私たちにスカーフを持った腕を差し出した。

きれいなスカーフで1ドルならそれほど高くない。お土産に買おうとも思ったが、こんなにたくさんスカーフ売りの子どもがいると、どれを選んで良いのか分からない。

結局、買わずにバスへ乗り込んだ。窓の向こうでまだ諦めずにたくさんの子どもが叫び続けている。「スカーフ、1ダラー、1ダラー」

あの子。私についていたみつあみのあの少女は、もう私は買う気のないことが分かると、ふいっと後ろを向いて、走り去った。

バスが出発する。

あの子がバスの行く前を走っていた。

バスに追い抜かされぬよう、一生懸命、走っていた。

ごめんね。

バスが一度誰かが乗り込むために止まった。

そのとき、少女は私の席の窓の外に立っていた。「お願い!買って!」とでも言うようにスカーフを差し出した。

私は正直、少女の顔を直視できなかった。

彼女は怒っていた気がする。「何しに来たんだよ、外国人」とでも言うような。

そんな気がしてならなかった。

「大勢いすぎて、選べないよね」「1人のを買ったら、また他の子が来てきりがないし」

日本人のみんなが言っていた。

「あら、でもみんな買っても30人程だったから、300ドルくらいでしょ。買えなくはないじゃない」

とツアー引率の方が言った。

確かにそうだった。

私達は、ただ現実を直視しようとしなかっただけなのかもしれない。

あの子の最後の目が忘れられない。あの時、少女と撮った写真。彼女はどんな気持ちで観光客のカメラに写ったんだろう。

未だにどうしたらいいのかは分からないけど…、

次にあった時には、

私はスカーフを買いたい。

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